藍より青く!

名古屋あき

第5話

 居酒屋「タコス」で自己紹介がわりに酒一リットルを飲み干して意識不明になってから、どのくらいの時間がたったのかわからない。
 やっと意識が戻って目を開けると白い蛍光灯がまぶしかった。薬くさいにおいがする。
「気がつきましたか?」
 俺の顔をのぞきこんだのは若い看護婦だった。そうか、ここは病院なんだ。俺ついに病院に運ばれちまったのか…。
「あと二十分したら帰っていいですよ。もう絶対に無理はしないこと」
「はい」
 看護婦さんは点滴の薬が入った袋をスタンドの先にひっかけて別の仕事をしに行った。気がついたら腕の内側に点滴の針がささっている。
 ほんとに反省してるよ。俺のばかばかばか。新歓コンパで水割りイッキ飲みして病院行きなんて、バカの見本みたいなこと、なんでやっちまったんだよ…。
 目を閉じて頭痛と吐き気と自己嫌悪に耐えていると、軽すぎる声が聞こえた。
「ケーンちゃん」
 まさか。悪い予感がして、俺は重たいまぶたをちょっとだけ持ち上げた。やっぱり思ったとおりだった。
「……なんでお前がいるの、そこに」
「その言い方はないやろ。付き添ってあげてたんやないか」
 幸生は恩着せがましく言うと、無遠慮に腕を伸ばして俺の額に手のひらをくっつけた。すぐにふり払おうとしたけど、体を動かすととたんに吐き気におそわれる。こいつの前で動けずに横になってるってのはあまりよくないシチュエーションだ。
「合コンは?」
「さあ。あのあとすぐ救急車でここに来たさかいわからへん。二次会行ったんとちがう?」
 幸生は合コンのことなんかどうでもよさそうだった。でも、あのサークルに入ってるってことはやっぱり楽しみにしてたんだろうし、俺の愚かなイッキ飲みのせいで病院なんてつまんないところに来なきゃならなくなったのを怒ってるかもしれない。
「ごめん」
 さすがに"ありがとう"はのどにひっかかって言えなかった。
 幸生はひらひら手をふって、
「気にせんといて。オレもともと合コンとか興味ないさかい。合コン部入ったらええ男いるかなあ思ったけど、あんた以外ブスばっかりや」
 と俺の鼻の頭をつついた。折からの吐き気も加わって気持ち悪いことこのうえない。俺は少し勇気を出して聞いてみた。
「あのさ、合コン部の人はお前がそういう目的で入ったってこと知ってんの?」
「当たり前やないか。『送り狼になるなよー』て言われてきたわ」
 ―――脱力。
 ホモだってことを隠してるんじゃないかっていう俺の深読みは大ハズレだったようだ。そもそもコイツがそんな可愛げのある奴なわけないんだよな。
「じゃ、なんで俺と初めて会ったようなふりしたんだ?」
「ケンちゃんにもう決まった人がおるってわかったら合コンしらけるやん」
「決まった人なんていないぞ」
 っていうより俺はこいつにケンちゃんなんて呼ばれるいわれはないんだけど。
 幸生はニカッと笑っておばちゃんのように馴れ馴れしく俺の肩をたたいた。
「おるやんかー。結婚を約束したオレが」
「してない!!」
 ウッ……怒鳴ると頭に響く。
「ひどい、キスまでした仲やのに」
「それはお前が勝手に…!!」
 俺はやっとからかわれてるのに気づいた。
「頼むからさぁ、帰ってくんない?ここまで送ってくれてどうもありがとうございました、でもこれ以上の親切はいりません」
「何言うてるんや、ひとりで帰れへんくせに。お薬ももろうてあるさかいお家帰ってちゃあんとお薬飲んで寝よう、な」
「家には一歩も入れないぞ……」
「なあケンちゃんちの住所どこや? もうすぐ点滴終わりそうやからタクシー呼んどかな。ああ学生証に書いてあるんやった。ええっと」
「勝手に人の荷物見るなよ!」
「五条のコーポ竹田か。金持ちの住むとこやなあ。オレいっぺん行ってみたかったんや」
 幸生は携帯電話の電源を入れながら廊下に出て行った。ほんとにタクシーを呼んでいるらしい。最悪だ。この体調で、ホモとマンションに二人きり……しかもそいつはあろうことか俺と結婚する気だ……ヤバすぎる。

 俺はいやでいやでたまらなかったのにもかかわらず、結局幸生に肩をかしてもらいながら自宅に帰った。実をいうと、あと一晩は入院していたいぐらい辛かったんだ。だから仕方がないといえば仕方がなかったんだけど…。
「おおー、さすが梨園の御曹司やなあ。こんなとこにひとりで住んどるんか? もったいないなあ、オレも一緒に住んだろか」
 確かにひとり暮らしには広すぎるけど、お前を入れとく檻が置けるほどには広くないよ。
 玄関を入ると正面にカウンターキッチンつきのリビングがあって、向かって左にはトイレ・風呂・洗面所と使ってない六畳の洋間、向かって右に俺の寝室と和室がある。
 俺は幸生にかかえられるようにベッドに寝かされた。頼むからこれで帰ってくれよ…。
「寝巻きは? うわ、汚いな」
 幸生は床に脱ぎ捨ててあった俺のパジャマをいったん拾い上げてまた投げ捨てた。そして勝手にたんすを開けて中を調べはじめた。
「何やってんだよ」
「あったあった。はい、バンザイして」
 幸生は見つけたパジャマをベッドの上に放り投げると、ベッドに飛び乗って俺の着ているTシャツのすそをつかんだ。
「おいやめろよ、着替えくらい自分でできるって!」
「ええから寝とき」
 何が何でも手を出さないと気がすまないらしい。いちいち抵抗する気力もなくて、俺は死んだつもりで目をつぶり、なすがままにまかせた。そのあともやれ薬だのお茶だの、かいがいしく…っていうよりかなりしつこく世話を焼いてくる。トイレにまでついてこようとしたときはさすがに突き放してやったけど。
 深夜一時半をすぎたころ、やっと落ち着いて布団に横になれた。だいぶ遅くなっちゃったけど、もうそろそろ帰ってくれるよな。
 という俺の願いをよそに、幸生は、さっき開けたひきだしからパジャマをもう一組取り出して、
「ほなオレ、シャワー借りてくるわ。のぞいたらあかんで〜」
と風呂場へ消えていった。
 誰がシャワー使っていいって言ったよ。さっさと帰れ。そう怒鳴りたいのに力が入らない。くそぉ…。まさか泊まってくつもりじゃないだろうな。けどもう反対したりする元気はないよ。勝手にしてくれ。
 酔いと薬と時間のせいで俺は何もかもどうでもよくなって、意識を失うように眠ってしまった。
 
 起きたとき、閉めてないカーテンから斜めに日が差し込んでいた。
「何時だ……?」
 いつものように手をのばして目覚し時計を取ろうとすると、へんな感触があった。長くてさらさらしてる、これは、髪……?
「うわっ!!」
 一瞬でパッチリ目が覚めた。俺の隣にはでかい図体をした男が大口を開けて寝ていたんだ。幸生の野郎まさか俺のベッドにもぐりこんでたなんて…この家は3LDKもあって両親が来たときのために布団だってちゃんと用意してあるのに。それぐらい押入れ開ければわかるだろ! コイツは絶対最初から俺と別に寝る気なんてなかったにちがいない。まったくずうずうしいオカマだよ。
 俺はすべり落ちるようにベッドから降りて、時計を見た。
「げっもう二時…あ、今日日曜だったっけ」
 ぐっすり眠ったからか、頭ははっきりしてるし気分も悪くない。なんだか腹がへってきたなあ。コンビニで食料でも買ってくるか。それよりコイツどうしよう…いいや、ほっとけ。なんか幸生に関しては、考えるだけ無駄って気がする。
 服を着替えようとしてパジャマを脱いだら、いきなり後ろから声がした。
「ええケツしとんなあ」
 ……無視だ無視。さっさと着替えるぞ。
「ええなあこういうの。夫が着替えるのをベッドの中からうっとり見つめる休日の朝……」
「帰れよ!! もう朝じゃないぞ。二時だよ二時」
「ええやん、あとちょっと寝かして。夕べお前の世話しとったら眠れへんかったんや」
 そう言って毛布にからみついてるようすからは、他人の家にいるっていう遠慮のかけらも感じられない。図太さもここまでくると偉大だ。
「ちょっと出かけてくる。俺が帰ってくるまでに出てけよ」
「んー……」
 枕に顔をうずめて聞かないふりをしてる幸生を見て、俺はまるで何かが背中におぶさってきたような錯覚をおぼえた。ふりはらってもふりはらっても背中にしがみついて離れなくてそのうちだんだん重くなっていく、そんな妖怪がいたよな、たしか…。
 それはきっと予感だったに違いない。
 この日から、なしくずし的に、梅原幸生は俺のマンションに住み着いてしまったんだ。
 

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