藍より青く!

名古屋あき

第7話

 鴨川のほとりに建つ古い劇場、河原座の前には、役者の名前を染め抜いたあざやかなのぼりがずらっと立てられていて、今月の出し物を描いた錦絵の看板が並んでいる。
 開演まであと2時間あるのでまださすがに客の姿はないけど、家族四人でタクシーで楽屋入りしたら、楽屋口には熱狂的なファンのおばさんが数人待っていて、挨拶をしてきた。いわゆる入り待ちってやつだ。
「涼之助さん、おはようございます」
「お暑いのでお体にお気をつけてください」
「あら今日はおぼっちゃまがたもご一緒ですか? よろしゅうございますね」
 口々にしゃべりながら、親父に差し入れの紙袋を渡す。
「こらどうも、いつもいつもおおきにありがとうございます」
 自慢じゃないけど歌舞伎界で朝から入り待ちをされるような役者は親父と伯父さんくらいのものだ。しかも親父はファンにめちゃめちゃ愛想をふりまく人で、特に京都公演では地元の話が懐かしいらしく、よく知らない人と話し込んだりするんだ。それにくらべて伯父さんは、ファンに囲まれてもサングラスのまま軽く会釈しただけでさっさと通り過ぎてしまう。そういうのが芸能人ってもんじゃないのか? まったくうちの親父は、洗練とか品格とかいうものには縁がないんだから。
 楽屋に入ると、智樹はすぐ浴衣に着替えて楽屋探検に飛び出して行った。おふくろは受付の準備をしにロビーに出ていき、楽屋には親父と俺の二人が残った。さて話は……と座りなおした瞬間、遠慮なくのれんを割って長身の男性が入ってきた。
「隠岐、いるか?」
 入ってきたのは俺の母の兄、つまり俺の伯父さんの松嶋錦之助だった。もう四十は二つ三つ過ぎてるのに、すごく若々しくてかっこいい。お祖父さんが生きてるから、まだ「若旦那」って呼ばれてるんだけど、いい年なのにそれがまた似合うんだ。俺の子供の頃からの憧れの人。
「あ、お兄さん、おはようさんどす。今月もよろしゅうお願い申し上げます」
 親父は今月、『名月八幡祭』の美代吉をやり、伯父さんは同じ芝居で主役の新助をやってる。これは面白い芝居で、親父の美代吉が川に落ちたところを伯父さんの新助に助けられて、そのお礼で愛想よくしていたら、新助が本気で美代吉に惚れてしまったんだけど、美代吉に「私にはちゃんと恋人がいる、お前なんか眼中にないよ」とこっぴどくふられて、祭の夜に美代吉を刺し殺すというストーリーだ。
「伯父さん、おはようございます」
 錦之助伯父さんは俺を見てニヤっと白い歯を見せた。俺と伯父さんは、同志みたいな関係なんだ。
「おっ、健介も来てたか。大学どうだ?」
「まあまあです」
 伯父さんがスリッパを脱いで畳にあがろうとすると、親父がためらいがちに口を開いた。
「あの、お兄さんすんまへん、ちょっとこの子と話があるんどす」
 伯父さんは俺と親父を見くらべて、
「女の話か? だったら隠岐より俺のほうが役に立つぞ」
と軽口をたたいた。
「違いますよ!」
 どっちかっていったら男の話だ。いや、たとえ男の話でも親父より伯父さんのほうが絶対何でも知っていそうだよなぁ。伯父さんは男女を問わず超モテるから。
「親子の話どす。早う出て行ってください」
 親父がめずらしく伯父さんに向かってきっぱり言ったので、伯父さんは、何の用事があったのか知らないけど、
「パパを困らせるんじゃねえぞ」
という言葉と笑みを残して出て行ってくれた。
 やっと二人きりになった楽屋で、親父がずばりと切り出した。
「健介。どういうわけで幸生くんと一緒に暮らすことになったんや?」
 俺はびくびくしながら、法華経講読の授業中に唇を奪われた一件からの一部始終を話した。親父は話の要所要所で溜息をつきながらどんどん難しい顔になっていく。
「……っていうわけで、昨日の朝出て行ってもらったんだ」
 話し終わると、親父はしばらく考え込んでから、俺の顔を見て言った。
「幸生くん、警察に捜索願い出されてたの、知ってるか?」
 ……うそだろ!?
 まさかそんな……あんなに堂々としてるから、そんなこと考えてもみなかった。そう言われれば大学にもあまり行ってなかったみたいだし……俺の家に身を隠していたんだろうか。
「知らなかったです」
 じゃあ幸生は今どこにいるんだろう? 家に帰ったんだったらいいけど、家族に言わないで俺の家に住んでたとしたら、家に帰ってる可能性は……。
「あんたなあ、人を泊めるのにお家のことも聞かへんかったんか? 家出してきたんやったらちゃんと説得して連絡させなあかんやろ」
「はい」
 そのとおりすぎて、ぐうの音もでない。
「先月たまたま東京の仕事で梅原のお家元にお会いしたとき、息子さんはどないしてはりますか聞いたら、おらんようになったて言わはるやないの。あんたと同じ大学に行ってるのはわかったけど、大学にもよう顔出してへんいうさかいに、あんたに言うたかてわからへんやろと思ったけど、まさか一緒に暮らしてたなんて……お家元に顔向けでけへんわ」
「すみません」
 親父はちょっとためらったように小声になってとんでもないことを尋ねた。
「念のため、聞いとくけど、幸生くんとはどういう関係やったん?」
「は?」
 や、やめてくれよ、親父まで! 智樹やおふくろじゃあるまいし!
「だからなんでもないって、さっきからずっと言ってるじゃないですか! もう……」
「ほな、健介は幸生くんのこと好きやないんか?」
「当たり前です!」
「そら幸生くんがかわいそうやわ」
 な、何を言い出すんだこの親父は…!? アイツが勝手に押しかけてきたんだぞ? かわいそうなのは俺だってば。そう言うと、
「いや、あんたが悪い。結婚しよう言うてるような相手と、その気もないのに暮らすやなんて」
「でも俺、ちゃんとその気はないって何百回も言ったんだけど」
「そいけど一緒に暮らしてたんやったら同じことや。好きな相手と一つ屋根の下に暮らせて、幸生くんにとっては夢みたいなことやったんと違うか? あんたがいくら好きやない言うたかて、信じるわけないわ」
 そりゃいつも嬉しそうにはしてたけど。けど俺は全然好きじゃなくて迷惑がってて、それも幸生は知ってたわけで……それでも豆腐にかすがい、のれんに腕押し、馬耳東風って感じだったんだぞ!
「幸生は親父が思ってるような繊細なヤツじゃないよ。俺の言うことなんて全然聞いてなくて全部自分のいいように勝手に勘違いするんだ。あのずうずうしさ、親父にも見せてやりたいくらい……」
 言い終わらないうちに、親父はパシッと俺の頭をぶった。小さい頃から踊りの稽古だなんだって叩かれるのには慣れてるけど、最近はご無沙汰だったから、ちょっとしみる。
「幸生くんが今のあんたの言葉聞いたらどない思うか考えてみ!」
 俺は表向き顔を伏せたけど、心の中では、幸生のことだからなんとも思わないに違いないと思っていた。親父はいつもの柔らかな声に戻って話を続けた。
「幸生くんは梅原流の跡取りや。もう都おどりの振り付けも任されとる」
知らなかった。あの軽薄そうな男がそんなに活躍してるなんて。
「跡取りいうんはな、梅原流を後世に引き継いでいく役目を持ってるいうことや。ええか? もし幸生くんが、あんたとほんまに結婚したがってるんやったら、それは梅原流全体にもかかわる重大なことえ」
 そこまで言うと親父は声を落とした。
「幸生くんは生まれつき女性が嫌いなんとちがうかな。自分の将来から逃げたくてあんたのところにきたんやろ。そやからいっそう、気をもたせるようなことしたらあかんのや」
「そりゃホモだから結婚したくないっていうのはわかるけど、そんなのまだまだ先のことでしょう? 説得するなりなんなりする時間はあるんじゃないの?」
「もう、相手決まってるんや」
「ええっ」
 俺はまたまたびっくりだった。まったく、なんで親父がこんなに幸生のこと知ってるのに、三ヶ月も一緒に暮らしてた俺は何も知らないんだよ! なんか腹立つ。幸生のヤロー、余計なことばっかりべらべらしゃべるくせに、肝心なことは全部俺に隠してたんだな。あの許婚の話も、絶対作り話だったに違いない。ちょっとでも信じそうになった俺がバカみたいだ。……それにもしかして……俺が好きだとかなんとかいうのも全部、ウソだったのかもしれない。結婚から逃げるための。
 そう思ったとき、俺は腹の中がゾッと冷たくなったような気がした。
「わかったか? 梅原のお家元は、幸生くんがもう二度と帰って来えへんかもしれへんて心配してはった。健介、どこか幸生くんの行きそうなとこ、心当たりあるか?」
 それはさっきからずっと考えていたけど、ひとつしか思い浮かばない。幸生が俺以外で唯一、家族みたいに親しそうにしていた、あの喫茶店のおばちゃん。
 また突拍子もない行動を起こす前に、幸生を捕まえなきゃならない。
「ちょっと行ってくる」
 俺は挨拶もしないで飛び出した。後で親父に叱られるだろうけど、あとのことなんてどうだっていい。今は幸生をつかまえて、何もかも吐かせてやることが先決だ。
 走りながら、俺の頭の中に『名月八幡祭』のラストシーンがひらめいた。さんざん気をもたせて貢がせた挙句に罪悪感もなく男を切り捨てた女が、障子の向こうで胸を刺される。噴き出す血の赤と、くずれていくシルエット……。
 俺はいつのまにか、幸生が俺を殺しに来てほしいと願っていた。
 

次へ

前へ

小説メニューへ戻る

海外旅行保険の加入はコチラ! 低金利でお得なローン探し 過払い金の回収ならこちら
[PR] | 自動車保険監視カメラ消費者金融スピリチュアル八王子調布三郷久喜中国SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼントゴルフ会員権留学レーシックマッサージFXアフィリエイトFXホームページ制作デイトレードハワイ旅行タイバンコクハワイ レンタカーベスト ハワイ ホテル レーツバリ島Hawaii hotelsHawaii Activitiesbhhrハワイホテルテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行 - タイムシェア - ホテル 予約
無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - プーケット ホテル - レピュテーション・マネジメント・ツール - ハワイ ブログ - Timesell - 国際通話 - ホノルルマラソン - サイト監視 - 風評被害 - ホテル比較 - Delta - ホテル予約