浜松まつりの問題点(概要)
<浜松まつりの抱える問題を提起・警告す>

このページは、静岡県浜松市にて毎年ゴールデンウィーク期間中の5月3日〜5月5日に掛けて開催される浜松ローカルなイベント「浜松まつり」の問題点を掲げ、検証(というよりも簡単な解説)をしているページです。


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『浜松まつり』とは?(作成中)

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0.
はじめに /1.浜松まつりの定義が曖昧 /2.浜松市の交通事情
3.
参加者のモラル・マナーの低下 /4.伝統文化としてのテクニック低下
5.
参加者・不参加者間の隔たり /6.まつり肯定派の強固な態度


浜松まつりの抱える問題点
0.はじめに
ただただ騒ぎ暴れる事を目的としているような『浜松まつり』。いや、本当にそう見えてしまうからこう書いているんですが、とにかく外野から見ていると「野蛮」そのものなのです。市外から観光目的で来た方々は、御殿屋台とか凧揚げ合戦に集中し、そんなダークな裏面に触れ合う機会は無いかもしれませんが、いざ浜松に住んでみると、これが中々侮れません。言うなれば自己中心派の塊とも言える野蛮なイベントなのです。『浜松まつり』が何故叩かれるのか、そしてどんな問題が叫ばれているか、簡単に記していこうと思います。


1.浜松まつりの定義が曖昧
『浜松まつり』の起源は、浜松人にとっては有名な『浜松城記(酒井近江守真邑という人物が、元文4 (1739) 年に「徳川御秘書の内」として記したもの)』という書物にあり、「飯尾豊前守(飯尾連龍 ?〜1565)の長子義廣の誕生を祝い、入野村の住人佐橋甚五郎が義廣の名前を大書した大凧を揚げたこと(飯尾豊前守説話)」と言われています。で、この城記は鈴木肇さんという方がある郷土研究誌に掲載した「浜松凧揚起源考」にて存在が明らかになり、以後、浜松市教育委員会や観光関連でもこれが史実として積極的に紹介されるようになり、また浜松まつりのパンフレットなどでもこれが扱われた事などから、浜松市民の大半がこれが起源であると信じてきました。

しかしながら、この『浜松城記』、何と偽物である事が叫ばれるようになりました。偽物というより、「存在すら怪しい」といった感じでして、城記そのものは鈴木肇さん本人以外誰も見た事が無いのです。この城記は元々検証すら行なわれておらず、浜松まつりに観光客を呼ぶべく市を中心とした機関が真偽の確認をせず積極的に城記を扱ってきたことにより、城記が一人歩きしてしまったのが全ての元凶でした。当然、この状態に異論を投げ掛ける浜松の郷土史家が多く登場し、その後真偽の検証が行なわれましたが、史実に照らし合わせると誤りが多く、また書の体裁的に江戸期に書かれたものではないとの見方が有力になり、とても信頼できる資料では無かったそうです。要するに「人々の期待にこたえようと、創作されたのが浜松城記だった」という事なのでしょう。

これにより、城記にあるとされる浜松まつりの起源は事実上否定され、現在は国学者「高林方朗」の日記が現存する最古の資料として扱われるようになりましたが、現在では偽物とされている『浜松城記』を積極的に取り入れてきた市や観光関連団体による具体的なフォローも無く、そんな偽伝を今でも信じている市民が多いのです。

こんなに定義が曖昧で、かつ歴史や起源を否定された伝統文化も珍しいものです。このような事がありますから、浜松まつりの伝統を語る際には、『浜松城記』の事を得意げに語らないように。市が進んで提唱してきた史実が嘘だった事自体、非常に恥ずかしい事なのですから。


2.浜松市の交通事情
現在の浜松市は、車社会の最前線を行っている地域でもありまして、何処へ行くにも自動車やバス(遠鉄バス)を利用するのが一般的となっています。当然、道路も毎日のように混雑します。また、これは何も市中心部に限った話ではなく、ドーナツ化現象が進んでいる市ですから、かなりの広範囲でこの現象が見受けられます。

しかしこの『浜松まつり』が開催される時には、練りや御殿屋台がその主要道路を占拠してしまいます(道路封鎖・規制がされるのです)。さらに、海沿いの凧揚げ会場近くでも大量のまつり参加者が往来することから、市の至る所で大渋滞を引き起こし、大問題になります。特に練りによる道路封鎖は神出鬼没で、予想がつかない動きをする事から、問題をさらに大きくしており、まつりに参加しない住民は理不尽な渋滞に巻き込まれる恐れから、下手に動く事もできません。また、前述の凧揚げ会場付近は、日本の大動脈でもある「国道1号線」が通っており、まつりに関係の無い方々(特に流通・サービス業関係者や浜松まつり以外を目的とした行楽に出かける人々)へ大打撃を与えています。また、下道で迂回路らしき主要道路が無いという事もこれに拍車を掛けているのです。

このようなイベントでは、道路封鎖される事が一般的であり、この事に関して文句を言うこと自体が愚行である。と考える人もいるようですが、よく考えてください。浜松市は車社会の最前線で車が比較的多い地域です。そしてゴールデンウィークの行楽シーズン真っ最中に、しかも日本を縦断する東海道の中心地近くでまつりは開催されるのです。文句が出るのは当然ですね。また、浜松まつりが全国的にも有名なビッグイベントと言い張る人もいますが、浜松市にとっては確かに「ビッグイベント」です。しかし、日本全体でみると決して大きい訳ではなく、有名な祭り事の3本指(例:日本三大〜祭り)にすら入った事が無い、中途半端な規模のイベントなのです。ですから「ビッグイベントでは道路封鎖は当然」と言い張る人、嘲笑いの対象にしかなりませんよ…。そんな戯言は、まともな迂回路くらい用意してから言うようにしましょう。

もう少し、浜松市としての交通事情を考えてから道路封鎖・規制をしていただきたいものです。こんなんだから「浜松人は自己中が多い」と周りに叩かれるんですよ…。


3.参加者のモラル・マナーの低下
『浜松まつり』の参加者自体にも深刻な問題が起きています。モラルもマナーも無視したルールの伴わない自己中心的な参加者が非常に多いのが、この浜松まつりの特徴で、至る所からこれを指摘されていますが、改善する兆しはあまりありません。

一般住民が寝静まる深夜であっても笛やラッパを吹き、騒ぎ立てる事もよくあり、不参加市民の睡眠を妨げる事もざらです。場合によっては器物破損、傷害事件にも発展してしまうような事もあるそうで、これらの事は決して「まつりだから許される」ような事ではありません。しかし、実際の参加者自身はそのように周囲に迷惑を掛けている事を自覚していない者も多く、中には行動をエスカレートさせる者もいるようで、この問題に拍車を掛けています。

また、夜に行なわれる練りでは、本来の目的は初子を祝う事なのですが、そんな気持ちで参加している者はほとんどおらず、ただ飲み食いできて、深夜までバカ騒ぎできる場としか思っていない者ばかりです。これはもう、浜松まつりの破綻を意味している出来事でもあります。

これも「浜松人は自己中が多い」説に拍車を掛けている要素です。


4.伝統文化としてのテクニック低下
浜松まつりの凧揚げ合戦は、その代名詞でもあるイベントでして、この凧揚げ合戦では、相手の糸を切って闘うわけですが、何とこの糸を切るテクニックは今日では見る事ができないのです。パンフレットなど浜松まつりを紹介するものにはそのテクニック(「チョン掛け」「釣り上げ」など)が紹介されている場合があるのですが、そのような技を使えるほどのテクニックを持っていない為に技が使えないのです。最もこれは、時代の流れによりこれらの技の継承が難しくなってきた事や、まつりの肥大化により技自体を持たない組があったりなど、色々な理由があるからなのですが、公式パンフレットで紹介してある分際でその技が使えないとは、詐欺ではないですか?

伝統文化を名乗るくらいならば、昔の優れた技術の1つや2つくらい保持してほしいものです。


5.参加者・不参加者間の隔たり
『浜松まつり』に参加するに当っては、法被などの装備品が必須ですが、その他参加する組のワッペンが無ければ参加できません。逆に言えば、金さえ払えば誰でも参加が可能(基本的には自身が住んでいる地区の組に参加する事になります)なのですが、「浜松」ローカルなイベントでありますから、浜松市外からの新規移住者や市内に友人・知人がいない方には参加しづらいイベントでもあります。また、まつりは問答無用で遂行されるのが基本であり、参加者は不参加者を見下したような態度をよく取ります。

どういう事かというと、(あらゆる意味での)浜松まつり部外者は蚊帳の外的な扱いを受けるのが通例であり、ほとんど無視状態です。余所者へは一貫して冷たい視線を送ります。まつり不参加者の中には、そういった蚊帳の外的な扱いを過去受けた事がある人もいるようで、参加者と不参加者間の隔たりは大きくなる一方です。

要するに、浜松市の一大イベントであるからといって、浜松市民全員が参加しているわけではないのです。浜松まつりがウザッタイと感じている市民も多くいるのです。ま、自己中の自己中による自己中のための祭りですから、そうなるのも無理はないのでしょうが。


6.まつり肯定派の強固な態度
浜松人は、どうも自分とは異なる意見に耳を傾ける事を毛嫌いする者が多いようで、これはそのまま浜松まつりにも表れています。例えば、否定派が問題点を述べても、肯定派は耳を傾ける事も無く、その問題点を解消せずに突っ走ります(最近は軟化してきている様子がありますが、まだまだ強固です)。さらに自論に相当な自信を持っている場合が多く、例えそれが確証の無いものでもそれを押し通す雰囲気すら垣間見える事がよくあります。

つまり、まつりを少しでも否定するような事は彼等にとっては許されない事であり、そんな反対意見を問答無用で押しのける行為はしごく当然と言えます。何故ならば彼等はそれだけ浜松まつりを愛しているからです。しかし、その「愛」が違うベクトルに傾いている事を彼等は知りません。まつりによって迷惑や被害を受けている人もいるのも事実であり、それらを訴える人々の声を無視(あるいは無視と同程度の事)をするような行為自体が人として言語道断なのです。そんな事を続けていては、遅かれ早かれ浜松まつりは孤立し、いずれ終焉を迎えてしまう事でしょう。

これは否定派の一部にも言える事なんですけど、立場的な面(基本的に質問を受け、答える側になるため)から肯定派の方が目立ちます。
これもやはり「浜松人自己中」説に拍車を掛けています…。こんな風に受け止められる事が浜松人は嫌ではないのでしょうか?…嫌じゃないからやってるんだよね…。




以降、気が向いたら追加(まだまだ問題点は山ほどあります)&修正(言葉が不適切・説明不足などの訂正)

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このように、「浜松市」として非常に恥ずかしい事で塗り固められているのが、『浜松まつり』の実態です。これを見た皆さんがどう思われるかは解りませんが、浜松まつりの抱える恥ずかしい問題点の数々を知っていただけた事と思います。

私は何も『浜松まつり』が消えてなくなってくれる事を願っているわけではありません。浜松まつりが将来良いイベントになる事を祈っているのです。だからこそ、このような問題を提起し、皆さんに知っていただきたかったのです。知っていただく事で、少しでも良い方向に向かってくれたら…と思って書いているのです。

浜松まつりは大変賑やかで楽しいもの。参加者は熱狂します。しかし、不参加者や市外の方など周囲からの視線は意外と冷ややかなのも忘れてはなりません。参加者側だけではなく、見る者(不参加者)も楽しめ、マナーとモラルのある浜松まつりになるよう、市民皆さんで協力し合いましょう!!

 

参考文献・webサイト
浜松凧揚祭、東田組凧揚会
浜松まつり公式サイト?<はままつだいすきネットさん>
東海道モノ語 第6部・城下の今昔<読売新聞静岡支局さん>
浜松まつり<土曜日の伊達男さん>
浜松まつり - Wikipedia(まつり肯定派と否定派による編集合戦が行なわれる事がよくあり、あまり参考にはなりません。参考にする場合は過去の記事をよく見てから判断すべきです(過去記事をよく見ると、都合が悪いと思われる所が何かと消されていたりする事があります))

その他浜松市郷土資料など(webベース含む)を参考に作成

 

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