
2002.11.3.(Sun) 東急 Bunkamura シアターコクーン
「密愛」の上映後に舞台上でビョン ヨンジュ監督と、主演のキム ユンジンが舞台上でティーチインを行いました。
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この方が、ビョン ヨンジュ監督。
髪型がベリーショートだったので、最初男性かと勘違いしてしまいました。(爆) |
| 韓国語の通訳はこの映画の字幕を担当された根本理恵さんです。 |
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| 毎度おなじみ、ユンジンさん特集。 |
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今日の衣装は、バイオレットのドレス。(生地はベルベット?)
※背景の色を合わせてみました。 |
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| ティーチイン内容 |
司会:
ビョン・ヨンジュさんは今迄に『ナヌムの家』三部作でドキュメンタリーを作ってきましたが、今回の『密愛』が長編の劇映画デビュー作になります。
監督:
この映画を見て下さって本当にありがとうございます。韓国での公開は来週末にスタートします。一般の皆さんに見て頂くのはこの東京国際映画祭が初めてです。韓国でもまだ公開されていません。そういった意味でも今日皆さんに見て頂いて嬉しく思います。
ユンジン:
こんにちは、キム・ユンジンです。皆様とお会い出来て光栄です。
東京国際映画祭に呼んで頂きましたのは三回目になります。(注)
三回も呼んでもらってとても嬉しいです。今後もまた呼んで頂けるように頑張っていきたいと思います。
編者注:
彼女自身が東京国際映画祭に招聘されたのは2回。
彼女の出演作は「シュリ」・「燃ゆる月」・「密愛」と3作招聘されている。
質問1:
最近日本ではこの様な大人の恋愛を描いた韓国映画が何本か公開されていますが、この様なジャンルの映画が韓国でも注目を浴びているんでしょうか?
監督:
テレビや映画などでこう言った似た様な素材、モチーフが選択されると言うケースは時々あります。誰もが本当に心から好む、最高のモチーフと言う訳ではないけれど、不倫をテーマにしたものというのは去年あたり非常に流行しました。
質問2:
二人に一つづつお聞きします。まず監督へ。ドキュメンタリーを撮っていて今回こう言う題材を選んだのはどういう理由だったのでしょうか?監督の方から企画を出したのか、または製作会社からオファーをされたのか。この題材のどこに惹かれて撮ろうと思ったのか、経緯を教えて下さい。キム
ユンジンさんには、女性監督と組まれてみて、演出や仕事のやり方などで感じた事を教えて下さい。
監督:
まずふたつのきっかけがありました。これには実は原作の小説がありまして、それをだいぶ前に読んでいました。その時これを映画にしたらいいんじゃないか、と思いました。もうひとつは、私は日本軍に従軍慰安婦とされた人々の映画を長い間作っていたんですが、そのテーマそのものが政治的な意味合いを含んでいました。従軍慰安婦と言うのは当時日本がした事で、「良くない」事であり、そしてこう言った映画を作る事は「正しい」事だと、誰もが支持してくれました。それは過分にテーマそのものに正統性があった訳です。
私は余りにも周囲の人が「あなたは正しい」とか「あなたを支持する」と言う言葉をかけてくれたので、段々それがプレッシャーになってきた所が、実はありました。
モチーフそのものがこう言った題材(=不倫)と言うのは、誰もが最初から支持出来ない、全面的に諸手を挙げて「これは良い事だ」と思えない素材からスタートしてみれば、また何か新しい物を作れるのでは、と言う気持ちでこのテーマを選びました。
ユンジン:
私もシナリオを貰う前に原作小説を読んでいて、大変感動しました。シナリオを貰ってみたら私の役は、非常に暗い役、そして個人的に経験していない部分が多い役柄だったのでプレッシャーもありました。
しかし、監督は私に自信を与えてくれました。ビョン ヨンジュは「女性監督」と言う枠を越えて、私にとって特別な監督という印象があります。長い間ドキュメンタリーを撮っていた経験があるせいか、俳優達共非常に深くコミュニケーションを取っていく監督です。撮影の時には特にいつも私の力になってくれました。
質問3:
裸のシーンがいくつかありましたが、セクシャルなシーンではなく女優さんが一人で窓辺に立っていると言うシーン。それから最後に苦しんでいるシーンがありました。「惨めさから活気が生まれる」という台詞でしたが、実際の韓国の女性の状況はどうなんでしょうか?現実的に女性が自立して行くと言うのは大変な事なんでしょうか?
監督:
今の韓国は18世紀ではないのでそこまで女性が自立しにくいと言う事はないんですが、台詞の中に取り入れた「活力は不幸から始まる」と言う言葉は私にとって座右の銘みたいなものですので、この主人公に科白として与えてみました。この映画の中で「不倫」や「風俗」を描きたかったのではなく、平凡な女性の「情熱」を描きたいと思いました。
それがどんどん彼女を突き動かして、ひとつの冒険劇のようなもの・・・・世界をどう言う風に生きて行くのか、冒険して行く様に彼女は生きています。そうい言った姿を描きたかったのです。
この映画に出て来るミフンという主人公が韓国人女性すべてを代表している訳ではないんですが、この映画を見た人達がミフンという女性を通して、世界に向かって突き進んで行く様な女性の姿をかっこいい!イカシてる!と言う風に見てくれれば嬉しいなと思います。しかし彼女には様々な面があります。ちょっとすれっからしな所、ずる賢い所、そんな彼女の色々な顔を描いてみたいとも思いました。
ユンジン:
確かにミフンは代表的な韓国女性ではないんですが、彼女の夫は初恋の人で、自分の全てでした。
その夫を失って行く事でその中から自分自身を取り戻していく、そう言った姿を描いています。
質問4:
妻が夫に裏切られ、暴力も振るわれ、病気になってしまう。彼女も夫に対して同じ事をしました。最後の方でもう娘に会えない、写真も持って来ていないから娘の顔を忘れてしまうんじゃないか、という台詞がありましたが、法律的にもう娘には会ってはいけないという事なんでしょうか?その状況を教えて下さい。
監督:
決してそんな事はありません。韓国ではああ言ったケースでも後々娘に会う事は出来ます。
主人公のミフンは自分の娘の顔を忘れる事は無いと思います。しかし彼女がそれ以前に属していた「家庭」という空間にあった品物が彼女には全く無い。そう言った喪失感をあの台詞に込めてみました。
それに娘はまだ小さい「女性」だから、母親として娘の心の傷の大きさを心配してああ言った台詞を言ったのです。韓国はあの様なケースでも刑務所に入れられると言う事はありません。
質問5:
峠の休憩所の女性はあの後助かるのでしょうか?もう一つ、「バイタリティーは不幸から始まる」と言うラストの台詞…
家庭を壊して、不倫相手も死んじゃって、それでいて主人公は前向きに歩いて行くと言う象徴的ラストだと思うんですが、それでいてどうして『ドナドナ』の歌が流れたのかを聞かせて下さい。
監督:
休憩所の女性がどうなったのか・・・・私もあの場面迄を撮影してソウルに戻って来てしまったので、彼女がどうなったかは判りません(場内爆笑)。
『ドナドナ』は1970年代にヒットした歌ですが、作品に取り入れたのは反転の意味、相反するものをぶつけてみたかったんです。ミフンと言う女性は今迄生きてきた人生を変えました。しかしその変え方が良かったか悪かったかは人によって見方が違うと思います。彼女自身はこれから世界に向かって前進して行こうと考えています。彼女の生き方を「そんなものはダメだ」とか「もう終わってしまっている」という人もいるかもしれないが、彼女は自分の自由意思で道を選んだのです。なので隠喩的に歌の内容と反する部分を狙いました。
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Created : 2002.11.3.(Sun) Updated: 2003.7.22.
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