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English Here |
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2007.01.31 |
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子供の体重が一気に増えた。大きく見える。
明日、細君は予定通り退院。
僕は、明日から1週間休みを貰うことにした。
会社には、今日出生に関する手続きの書類を提出。
出産一時金の申請と、子供の保険証の取得、それから家族手当の申請などなどである。 |
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2007.01.30 |
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41歳の誕生日。
課内の朝のMTで自分の誕生日だと言ったら、同僚がバースデーカードをくれた。ありがたかったっす。
当社のインバンサイトからお誕生日お祝いメールが届いてた。粋なサービスしてるんだね。でも、文章に色気が無かった。もっと商売っ気だせよな。「お誕生日おめでとうございます。日頃のお取引への感謝を込めてお祝いのメールをお送りさせていただきます。」これだけだもの…。
子供は、体重が増えてた。心拍も血圧も昨日より良化してる。
細君が、売店から草餅とガーナチョコを買ってきてくれてた、病棟の食堂で誕生会。良い思い出になる。ありがとう、細君。
未熟児養育医療費申請の医師の意見書を書いておくからと、担当医に言われる。 |
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2007.01.29 |
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夕刻は、営業所内の全体会議。
会議中、副所長(本当は違う呼び方がある)の携帯が鳴る。本社の警備室からだ。
細君が、本社警備室に電話をくれたらしい。しばらくしたらまた電話をよこすとの事である。
僕の営業所は、会議室に電話が無い。で、電話は留守番電話にセット中。メッセージは「お急ぎの方は、本社に電話して〜」
携帯電話を昨日忘れていった僕への連絡方法は、一般回線の電話しかない。
細君は、本社に電話し、僕が携帯電話を持っていないがどうしても連絡を取りたいと、警備室に懇願。副所長の携帯に電話をくれたということなのだ。
携帯電話を忘れていったばっかりに、とんだハプニングになってしまったね。
医師から話があるので、出来るだけ早く来いということだったのだ。
高速に乗って、病院へ。鶴岡ICから戻らなければならないので、高速道路を使った時間短縮効果は無かったかもなぁ。
エレベーターホールに細君が座って、僕の到着を待ってた。
NICUに入り、担当医師の話を聞くことに。医師の説明の準備が整うまで、子供と面会。昨日から元気が無いとは思ってたけど、疲れとかタイミングなんだろうと思ってたのに、何かが起こってるんだろうかと否応無しにも不安になる。
医師の判断に任せるしかない。これが結論。
家に戻って自棄食いをした。 |
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2007.01.28 |
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一般病棟の面会時間は13時から20時まで。
午前中は、洗濯をしたり、クリーニング屋に行ったりして時間を過ごす。ネットで名前の件の最終確認。姓名判断だけ信じても駄目だしねぇ。
午前中細君は予定通り抜糸。
お土産にシュークリームを買っていく。
そしたら、細君は間食や果物もなども一切駄目なんだそうだ。残念…。
病室に行くと、細君のお友達が来てた。旦那が前の職場の同僚なので、4人で軽くお茶をする。山形からわざわざ来てくれて大感謝。奥さん同士、旦那同士で情報交換会って感じだったっす。
お見送りをして、子供に会いに行く。
今日は疲れているのか、少しおとなしかった。途中、レントゲンを取るようで、NICUから出される。いろんな検査をしてるんだねぇ。
細君の職場のお友達が見舞いに来てくれる。良い同僚に恵まれたね、細君。
看護師に名前決めたからと言うと、出生届出すまでは、決まったといわないので後で教えてくださいと言われる。出生届を出す瞬間に、旦那が名前を変えるケースがあるんだそうだ。なるほど。
YUZURUさんからのお誘いで、YUZURU宅で晩酌することに。ありがたいお言葉に甘え、早めに病院を後にする。家に着いたら、携帯電話を忘れていったことに気が付く。病院に電話し細君から連絡を貰う。やっぱり、携帯電話を忘れていったのだ。
時間的に病院に戻るわけに行かなかったので、明日まで預かっててもらうことにして、YUZURUさん宅へ。
BEERと日本酒で、鍋を頂く。単身赴任者は、料理もこなれてるね。うまかったっす。 |
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2007.01.27 |
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YUZURUさんHAGAさんのお誘いで、海鮮市場で漬け丼の朝飯。旨いねぇ。その後、HAGA宅にて珈琲タイム。久々にノンビリした感じだった。GAOの無料配信動画について話題になる。なるほどね。
お昼に実家から両親がバスに乗ってやってくる。
出羽庄内物産館で待ち合わせし、食事を取って病院へ。両親は、まさか2週続けて寒鱈汁を食べることが出来るなんて努々思ってなかっただろうね。
母親に子供を会わせるべきか悩んでたんだけど、会わせて良かった。安心してたもの。
両親を駅に送り、お別れ。遠路遙々ありがとうございました。
部屋に戻ると、細君に洗髪の許可が出てた。1週間振りの洗髪。気持ち良かったろうね。
夕刻、NICUに顔を出し、子供と会って帰宅。 |
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2007.01.26 |
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母乳は、1回当たり1tの8セットになったそうだ。積極的に栄養を投与することで、子供が元気になってくれれば良いことだものね。
細君は、胸の張りが酷いらしい。乳腺が一部閉じたままなんだそうだ。看護師さんからマッサージを受けて、搾乳しているんだそうだ。頑張れ細君。
子供の名前に新たな漢字の候補が出た。う〜ん、難しいねぇ。こんなに悩むなんてね。
漢字の姓名判断には、新字体と旧字体というのがある、それに1字を加える加えないっていうのもあって、同じ名前でも、4種類の判断があるって事になる。ネットで調べれば、サイト毎に微妙にニュアンスが変わってくる。何ともいえないのだ。っそして、最大のネックは僕の苗字。画数が最悪なのだ。何とも仕方ないし、女の子だから、苗字が変わる可能性はある。とはいえ、名づける以上は、最初から悪い評価の名前は付けたくないしね。悩むもんだ…。 |
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2007.01.25 |
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今日も18:00頃病院へ。祝い膳が出ていた。赤飯に鯛、ケーキまで付いてる。公立病院でも粋なことするもんだね。細君と少しづつ頂く。ありがたい話だ。
NICUへは、細君も歩いていった。ゆっくりだけど、歩けるのには驚いたね。凄いよ、細君。
母乳は0.5tを1日8回になったそうだ。細君は、搾乳があまり旨くいってないので、少し焦ってたね。
子供の名前は、僕の原案が細君もかなり気に入ってくれたみたい。画数とかの問題で種々のバリエーションについて話し合う。
家に戻って、ネットで姓名判断等の情報を仕入れることを細君と約束して帰宅。 |
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2007.01.24 |
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今日も早めに切り上げて病院へ。
6時ちょっと過ぎに着くと、細君が食事を取っていた。ガスが出たらしい。食事が取れるようになると一安心だ。
それ以上に驚いたのが、母乳が出始めたということ。女性の凄さ、母親になる偉大さを感じたね。これで、子供に栄養という治療を与えることが出来る。細君に感謝だ。
食事が終わるのを待って、車椅子でNICUへ。今日は、看護師の補助なしで行ける。細君の回復力に驚きだね。
子供に母乳の点滴が始まったという。1回当たり0.5tを1日4回。じ〜んときた。
細君と名づけの話をする。僕の候補名をあげると、細君も賛同してくれた。でも、もう少し考えようと一晩お互い考えることにした。
今の居所でゴミを出したことがない僕は、細君に出し方のルールを確認し、帰宅。
本当に普段何もしていないので、何処に何があるか判らない生活。病院の帰りに買い物をして帰るのだが、何があって何が無いのかが判らないで買い物をして帰る。家に戻ると、在庫があって、勿体無い買い物をしてることに気づく。の繰り返しだ。
春に向けて、徐々に家のことを覚えて、細君を産院に送り出すつもりでいたからねぇ。
兄から電話を貰う。なかなか良い所あるじゃないっすか。 |
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2007.01.23 |
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今日から会社に出る。
朝の役席MTと課内のMTで自分のことを話して泣いてしまった。
とはいえ、仕事は淡々と進む。他の部署の方の親が亡くなられたので、同僚がそっちに支援に行ってるんで、結構忙しく過ごす。
夕方は、職場の計らいもあって、早めに離社。病院へ向う。片道20km超。
18時過ぎに病院へ。
細君はベットを斜めにしていた。僕が来たら、車椅子に乗ってNICUへ行っても良いと許可が出ていたそうだ。身体を動かさないとガスが出てこないっていうのもあるしね。細君は未だに水も飲めないでいるのだ。
准看護師の補助で、車椅子に乗り、NICUへ。
細君は、出産後初めて子供と会う。緊張してた。
NICUに入るには、部屋の前にインターホンがある。
処置中などは入室を断られることもあるのだ。前室があって、そこで手を洗う。
自動ドアを脚で開けて、新生児治療センターへ入る。HICUから出た子供たちがいる部屋があって、その奥にHICUがある。HICUは全部で4組ある。僕らの子供は、一番西側にいる。
今日は、黄疸治療中だったようだ。照明を消してもらい、子供と対面。
保育器には手を入れられる窓が4つある。出来るだけスキンシップをしてくれと看護師に言われている。他人の手はバイキンにしかならないんだけど、親の手は子供にとって良いことなのだそうだ。
声を掛けながら、スキンシップ。
目を開いた。嬉しかったなぁ。
取り上げた時の看護師さんが、「目が大きくて、生まれて直ぐの点眼が楽だった」と言っていたことを思い出した。
体重は生まれた時より落ちてるが、これはむくみが取れたってことなんだそうだ。
名づけ本を細君に渡し、一晩考えてくれとお願いする。僕が良いと思った候補を挙げてしまうと、細君の想像力を妨害してしまうからね。 |
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2007.01.22 |
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HCUは7時から面会が可能なので、6:30に家を出る。今日は、会社休みを貰った。
細君は、昨晩はぐっすりという訳ではなかったようだ。一定の周期で処置があったのだから仕方が無い。
HCUには、個室スペースがあり、細君は個室スペースにいる。点滴を数種類。朝、HCU所管の婦長が挨拶に来る。
しばらくすると、11時頃に一般病棟へ移ると言い渡される。術後の経過は良いようだ。
東京にいる細君の兄から、来ると連絡が入る。ありがたい話だ。
一般病棟に行った場合に必要な荷物を取りに戻る。
2月に旅行を計画していたので、航空会社へキャンセルの電話をする。
クリーニング屋へ行き、 iPod用のUSB電源アダプタをコジマ電気で購入。入院のお伴にも、iPod nanoは良いね。純正品は無かったのだけれど、純正品より安い商品を購入。充分だ。
HCUに11:00頃入ると、ちょうど移動の準備に入るところだった。ストレッチャーに乗って一般病棟へ移動。465号室、4人部屋だ。既に2人の初老の女性が入室してる。
産婦人科の病棟だと思ってたけど、婦人科の女性もいらっしゃるわけだ。
しばし、細君に休んでもらおうと、席を外す。
東京から義兄、山形から義弟夫婦がお見舞いに来てくれた。病院から一旦出て、喫茶店で状況を一通り説明。みんなタバコ吸いなので、病院内では落ち着かないのだ。
その後、病室で兄弟会。こんなことでも無ければ細君の兄弟が全員そろう事も難しい。去年の春以来だものね。
義兄の子供の話で盛り上げてもらう。話で盛り上がろう、盛り上げようという皆の姿に感謝した。
ありがとう。
義兄を庄内空港へ送ってもらうことを、義弟に頼み、みんなとお別れ。
しばし、細君と話をする。
細君は、ガスが出るまで水も飲めないのだ。大変だ。
帰り道、本屋で名づけ本を購入。
名前を決める行為が、こんなに早くやってくるとは思ってなかったので、ノーアイディアなのだ。本を参考に考えなきゃなのだ。
何年振りかの一人暮らし。常に何もしてないことがあだとなる。台所周り、何処に何があるか判らないのだ。とりあえず冷蔵庫の中にあるもので、食事を作り、夕食。
洗濯機を回す。乾燥までのコースを選択したら、乾燥中にブレーカーが落ちた。乾燥機とエアコンを一緒には使えないのだ。我ながら情けなさに笑ってしまった。
名づけ本を読む。一つの言葉が目に入って、自分の中で子供の名前は決まったみたいなものだった。細君と一緒に相談しながら決めるつもりだけどね。
旅行関連で予約していた、ホテル関係を全てキャンセルし、福岡にいる細君の友人にメールを入れる。旅行の予定では北九州に行って、そのご夫妻と会う予定をしていたので、そのお断りのメールというわけだ。
メール受信後、電話を下さった。心配掛けてスミマセン。 |
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2007.01.21 |
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お昼に谷地の肉そばを食べに出る。久々で旨かった。
その後、母親の買い物にお付き合い。細君がお腹が痛いと言う。少し出血があるみたいだというので、帰路へ。出血は、注意信号。でも、そんなにナーバスにはなっていなかった。
酒田に戻り、主治医の日本海病院へ。救急センターに電話し、日本海病院に入る。
「母子共に非常に危険な状態にある。」という話。処置室には細君がいるが、その隣の部屋で医師から説明を受ける。「胎盤が剥がれている。このままでは、母子共に危険だ。直ぐに帝王切開で子供を外に出すしかない。良いか?」というのだ。
当然心の準備は出来ていない。
「ただし、新生児集中治療装置(NICU)の施設が日本海病院には無い。ここで手術をするということは、子供を諦めてもらうことになる。」
「鶴岡市立荘内病院なら、設備が整っている。救急車を手配するので、そっちに移送したい。でも、移送途中で、駄目になることも覚悟してくれ。」だと言う。
動転するってこういうことだ。
細君に事を説明し、了解を貰う。細君も、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。何らかの処置をして、直ぐに家に戻れると思っていた細君にとっては驚きの出来事なのは当然だ。
救急車に乗る。生まれてはじめての経験。まさか、こんなことになるなんて思わなかった。
荘内病院までは高速道路で移送。医師が一人付いてくれた。
救急センターから、4階の産婦人科へ。ここでも食堂で待てと言われる。程なく処置室に呼ばれ、【手術同意書】にそっての説明を受ける。「このままだと、母児共に生命に関わる可能性大のため、手術が必要である」「手術:緊急帝王切開術」
手術後の治療計画など、極めて乾いた感じの説明を受ける。
こんな文章をワープロで作る暇があったら、直ぐにでも手術をはじめればいいのに、何なんだろうと思った。緊急を要すると言いながら、緊急感が漂ってないのだ。TVドラマの観過ぎなんだろうか、色褪せた光景に見えた。
しかし、他に選択肢は無いのだ。細君に同意書に署名を貰い、手術の準備に入る。その間に両親と細君の兄、職場の上司に電話を入れる。
細君はストレッチャーに乗り、3階の手術室へ。手術は1時間半程度で終わるという。手術室の入り口で細君とはお別れ。満足に会話すらできない。ただ、彼女と子供の無事を祈るだけだった。18:30。
廊下には「手術中」のランプも無ければ、傍にベンチも無い。ドキドキしながら、細君の無事を祈るロケーションが無いのだ。こんなもんなんだ…。
産婦人科の看護師に呼ばれ、腹帯等の必要なモノを1階の売店で買って来いと言われる。何それ?という感じがした。こっちの気持ちなど参酌してくれず、極めて事務的に無機質な感じで事が進むのだ。買ってきた用品を看護師が準備し、手術室へ運ぶ。3階の手術室から数十メートル離れた場所にソファーがあり、そこで呼ばれるまで待てと言われる。途中経過など教えられる事も無く。
不安という感情とも違う気持ちになってた。イチイチ僕に感情移入なんてしてくれる暇など無く、病院の方々は仕事をしているということな分けだ。そういうものなのだ。細君も不憫な思いをしてるんだろうか。
21:00過ぎた頃、HCU( High Care Unit)に細君が移ったと看護師に言われる。手術は終わったのだ。直に執刀医から説明があるので待て。その後で子供のことについても話しあると思うから…と言われる。細君はどうなのか?そんな僕の不安を取り払ってくれるような応対ではなかった。子供は駄目だったんだろうか、あまりのもそっけない看護師の言葉に、覚悟を決めた。
HCUに入ると、細君はことのほかしっかりしていた。医師の口から、細君の手術のことについて話があった。思ったよりも出血は少なく、母体のダメージは少なかったこと。手術痕は最小限で留められたこと。医師として自分の技量を自慢してるようにしか感じられない気分になった。
肝心の子供は、無事に生存しているという言葉が、その医師の口から出るまでは、本当にドキドキした。女の子だと言う。小児科の医師の処置に相当の時間が掛かるので、後で子供のことは、その医師から聞けとのことだった。
今回はタイミングが良かった。あと1時間遅れていたら、駄目だっただろうと言われた。そんなに一刻を争うな状況だったのに、手術に入るまでの極めて保守的でリスクヘッジのための【手術同意書】をワープロソフトで丁寧に作成していたその医師の行動が頭にきた。でも、彼も仕事なのだから仕方が無いのだと、医師という職業に同情を覚えた。
とはいえ、細君と子供が無事だったということには、心から感謝した。
小児科医師に呼ばれたのは23:00を周っていた。
新生児特定集中治療室(NICU)は4階にある。呼ぶのが遅くなってすまなかったと最初に言われた。印象の良い医師だ。
子供は694gの女の子。超低出生体重児と言うらしい。
医療技術と彼女の生命力に頼ることになるというわけだ。今は、低出生体重児にも積極的に栄養を供給するということで、母乳を早く投与したいという。通常出産でない細君から母乳が出るのか不安に思ったけど、医師が言うには、子供に触れることによって、母性が覚醒し、母乳が出るようになってくるのだと言う。そういうもんなんだろうね。
20:03に出産したことをここで教えられる。
超低出生体重児の治療には相当の経済的な負担が大きいので、覚悟をすること。医療費補助の方法等についてアドバイスを受ける。実感がわかないが、覚悟が必要なようだ。
一通りの説明後、子供と対面した。手を綺麗に洗い、部屋に入る。
子供の顔を見るまでは不安だった。694gの子供がどんななのか、不安で仕方が無かった。
NICU内には保育器が数台ある。看護師が周りを囲んでいるのが、子供のだ。
真っ赤な身体をしている。髪の毛も生え、変な言い方だが、小さいだけで普通の子供だった。安心ってこういうことなんだと思った。喜びではなく安堵という感覚が強かった。頑張れという言葉がでた。
デジカメで看護師が写真を撮ってくれた。直ぐにプリントアウト。嬉しいサービスだ。
HCUの細君の所に戻り、写真を見せる。細君も安心していた。
術後の処置などもあるので、両親、細君の兄に電話連絡し、翌日1:00過ぎに病院を後にする。
酒田までは、同僚に迎えに来てもらい、日本海病院に車を拾いに行き、帰宅。
長い一日になった。
突然の出来事への諦めから払拭され、親になったという充実感と、急な出来事で心の準備が出来ていないことへの不安が入り混じっていた。 |
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2007.01.20 |
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酒田の寒鱈祭。両親を酒田に迎えて寒鱈を堪能。雪が無いけど、その分人出も多かったのかね。
寒鱈汁は、数カ所で売ってる。味とかには差が無いだろうと、適当な店で買って食す。そしたら、お店はいろんな経営形態があって、行列の出来ているお店とそうでもないお店があることが後で判った。地元のスーパーで出してるお店には長蛇の列。失敗したね。
前売り券で抽選会。僕は地酒を1本当たった。恐縮です。
買い物に、海鮮市場、山居倉庫と周り、帰路へ。
夜は、山形で☆さんのご披露酒席。さながら同窓会って感じで、楽しい酒席だったね。 |
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2007.01.19 |
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今日は早帰りと決め込んで、家の玄関の鍵を開けようと思ったところで電話。同僚からのお誘い。断るわけにもいかず、Uターンして飲み屋へ。折角ローラー台踏もうと思ってたのに…。
宅に帰るとサイスポが届いてた。パールのカタログをはがすのが旨くいかず、少し凹んだ。 |
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2007.01.18 |
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BE −PALの今月号に付録が付いてたので衝動買い。思ったより質感は無かったけど、まぁ良しとしましょ。 |
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2007.01.17 |
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水曜日は早帰りの日。割り切って6時頃会社を上がる。
帰宅後、ローラー台を1時間。それから風呂に入って、飯。
それでも、8時。健康的な生活だねぇ。
モンテ永井が仙台へ。健二はフロント入り、太田はユースコーチへ。う〜ん。
鷲田が戻ってくるんだね。それから、モンテじゃないけど、名波さんが東京Vへ移籍ってのも驚いた。来シーズン、どれだけ試合を見に行けるか判らないけど、良いプレーしてもらいたいもんだね。 |
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2007.01.16 |
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長い会議の後、待ち合わせしていた懐かしい仲間と飲む。
良い時間だったねぇ。 |
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2007.01.15 |
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旧成人の日。職場の同僚に、1月15日生まれの娘がいて、母親の成人の日に生まれたというエピソードを聞いた。
ドラマっていろんな所に転がってるもんだね。 |
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2007.01.14 |
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母親が脚を痛めていて、以前から家の中でも椅子に座っている。茶の間には、コールマンのホールディングチェアを置いていたんだけど、結構座り方が乱暴でチェアが悲鳴を上げてた。今日、本格的な椅子を購入。良い感じの椅子に出会えて何よりだったね。
実家の電話を更改。使い方を一通り説明するが、あまりにもハイスペックで、彼らには使いこなせないだろう。高齢者向けに機能がシンプルな携帯電話はあるけど、電話はないんだねぇ。
昼はKG585君ご推奨の天童の中華料理店で昼飯を食べて酒田へ。この時期は明るいうちに帰りたい願望での行動なのだ。
nanoに収録している音楽のジャンルを独自にジャンル分けを実施。アルバムアットワークをITMから落とせない場合、ファイルを引っ張ってくればいいことが判ったんで、amazonからジャケットイメージを落とし込み作業。地味だけどはまってしまった…。
買い叩いた後輪検知のメーターを装着して、ローラー台。06のジロデロンバルディアを再生してきっかり1時間トレーニング。スピード、ケーデンスが判るようになると励みになるもんだ。大汗かいた。 |
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2007.01.13 |
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マックの MEGAMACを食べに行ってみる。写真ほどのインパクトは無かったけど、パテのビーフ感がしっかりと舌に感じられるのは好感だったかね。
会社のスキー部の新年会で山形へ。
移動のお伴は、FMトランスミッターとiPodnano。音質は想定の範囲内。FMで飛ばすんだから仕方が無いっていえば仕方が無いってことだ。でも、シャッフルの楽しさがなんともいえないのだ。
新年会は某ホテル12階の中華料理の店。社長(本当は違う呼び方がある)も来ての宴席。彼の娘が、外資系証券会社勤務でバラバラにされた人と以前席が隣だったというエピソードを聞かせられて、ザワザワしたねえ。
二次会への移動途中KG585君からメールを貰ったので、山形で友人と会食していた細君に迎えに来てもらい、天童へ。彼をピックアップし温泉街の居酒屋でもう一人同級生と合流して一席。ところが早々と睡魔が襲ってきてしまい、僕は浸水。最後まで付き合ってくれた細君に感謝でした。 |
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2007.01.12 |
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その KG585君から貰った雑誌で気になったのがPOLARのCS600。高度や傾斜を表示できる機能が付いてるようだ。ネットで情報を取ってみると結構話題になってる。国内発売は未だだけど、少し楽しみだね。見てみたいっていう程度の興味だけど…。
夜は、営業所長(本当は別の呼び方がある)のお誘いで飲んで帰ることに。一番年下状態での飲み会。半分正座で、お酒の減り具合を気にしながら、鍋を気遣いサービングしながら飲む。当然だけど、半酔い状態だった。こういう飲み会は、少し苦痛だねぇ。 |
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2007.01.11 |
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KG 585君から、お正月旅行のお土産が送られてきた。
チョコとチャリ雑誌。日本のチャリ雑誌には載ってないようなコアな情報も見え隠れしてワクワクする。でも、読解できないのが辛いね。
毎度、気に掛けてくれて大感謝です。 |
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2007.01.10 |
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今日から休みの年上の部下に裏切られた。そんな一日だった。疲れた。
若い連中が飲みに行くというので、無理やり一緒に混ぜてもらって、ストレス解消してきた。
馬鹿話は楽しいね。(つまみのウニを握りに乗せた ダブルウニ)
DELLからDVDドライブが届き、早速交換。当然ながら1年前に購入したのよりは良いスペックのドライブだった。ちとニンマリです。でも、NEC製だった…。なんか複雑…。
AppleからFMトランスミッターが届く。良い感じじゃないのよ。
で、appleさん、iPhoneは無いじゃないの…。あんまりよ、あんまりだわ…。 |
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2007.01.09 |
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三連休明け、微妙に忙しかった。
明日から一週間休みを取る僕より年上の部下。彼のセクションが忙しいので、リベロな僕は彼をサポート。ところが彼はといえば、最初にやった仕事が明日からの休暇申請。
ふざけるな!やることやってから申請しろ!と、心の中でしか叫べなかった…。弱い…。
何故か便秘。腹が張って仕方が無い。痛いの領域に入っている。ということで、今日はローラー台は踏ます…。言い訳人生だ。 |
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2007.01.08 |
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正月に取っておいたTV番組を観る。「THE有頂天ホテル」笑った。映画館で観てたら大変だったろうなぁという感じのテンポの速さ。三谷映画だねぇ。
「人生の楽園」正月スペシャル。 今帰仁村のホテル経営のご夫婦、羨ましい。本当に「人生には楽園が必要だ」っす。
今日もローラー台1時間。継続は力なり。
ハートレートモニターの発信機の電池を交換。固定式ローラーは前輪固定なので、今のメーターではケイデンスなんかが判らないのでトレーニング感が薄い。ネットで、後輪計測のメーターの安いのを発見し、叩き買いした。これで、否応無しにもローラーを踏む気に自分を持っていける。
大きな移動やイベントも無く、だらぁと休んだぁという感じの三連休だった。こういうのも良い。 |
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2007.01.07 |
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七草。朝は七草粥。何で七草なのか調べてみたら…
「古来中国では、正月の 1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていた。そして、7日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑罰は行わないことにしていた。
また、この日には7種類の野菜(七草)を入れた羹(あつもの)を食べる習慣があり、これが日本に伝わって七種粥となった。日本では平安時代から始められ、江戸時代より一般に定着した。江戸幕府の公式行事となり、将軍以下全ての武士が七種粥を食べて人日の節句を祝った。
また、この日は新年になって初めて爪を切る日ともされ、七種を浸した水に爪をつけて、柔かくしてから切ると、その年は風邪をひかないと言われている。」勉強になるねぇ。
買い物に出歩く。昼に、モスバーガーのキノコのクリームフォカッチャが食いたいっていうのが主目的。TVCMの影響を単純に受けたのだ。ミーハーだったけど、旨かった。久々のファーストフードでした。
今日はもう一点、広告に誘われて食いモノを購入。意外と単純な家族なのであった。
とにかく風の強い一日。車のドアの開け閉めにかなり神経を使う。風でドア持ってかれてトラブルが多いなんて話聞いたことあるけど、気をつけないと加害者にも被害者にもなりかねないね。
サイスポの記事を読んでローラー台を設置。ツールのVTRを観ながら1時間回す。結構脚にきたね。 |
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2007.01.06 |
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三連休だというのに天気は悪い。昨日、一昨日の天気が今日だったらねぇ〜。と、家に引き篭り状態。
朝から、DELLとメールで2回ほどやり取り。結局DVDドライブ本体の問題だろうという結論にいたり、DELLからドライブを送ってもらうことになる。まずは一安心っすな。
モンテの内山が神戸に移籍。驚いたね。これで、本当に昔からの選手がいなくなってしまった。寂しいなぁ。
夜は、細君と新年会と称して、飲みに出る。食道楽。今年の年賀状のロケ地。親方に、年賀状をお渡しして、鱈の昆布しめなんかをつまみにぐびっ。疲れてるのか、酔いがかなり早かったねぇ。
Apple storeでBelkin TuneCast Auto for iPodなるFMトランスミッターを購入。理由は、シガーソケットからの電源供給タイプで一番安いから。ちと楽しみだねぇ。 |
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2007.01.05 |
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新春早々、本部の方が僕にご指導臨店。ヤバイ指摘があって顔面蒼白。しくったねぇ。
年明けからPCのCDドライブの調子が悪い。DVDは再生されるのに、CDメディアが再生されないのだ。音楽CDが再生できないとなると、 iPodに音楽を移せないので困るのよ。DELLのサポートセンターとメールでやり取りして、種々試してみるが全然ダメ。リカバリーCDも読めないので、なんともならない。トホホである。今のマシンを購入して1年経ってないので、メーカー保証で無料修理が効くんだろうけど、ちと不安。
クィックステップのサイトが更新されてる。判ってはいたんだけど、バイクがスペシャに変わってた。こうなると、やっぱりこのチームに愛着が沸いてこなくなる。ベッティーニをもう愛せないかもなぁ。スペシャの本国サイトではクィックステップのトレーニングフイルムが見れるけど、そこにちょっと映ってるベッティーニ用のスペシャルカラーリングのマシンがいただけないね。 |
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2007.01.04 |
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仕事はじめ。法制度が変わって苦情とか出るかと思ったけど、そうでもなかった。
早速僕の赤い電卓に一部注目が集まる。電卓に「フェラーリ」と名づける。赤いからっていう単純な発想なんだけど、結構シックリきた。同僚に大受け。「フェラーリ貸してください」なんていう会話が飛び交ってた。
夜は、新年会。営業所の会議室で、寿司をつまみながらの酒席。子供を里帰りさせている主婦のパートさんがはじけて、営業所長と一緒に2次会3次会とお付き合い。かなりの消耗戦だったっす。楽しかったけどね。 |
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2007.01.03 |
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天気が良い&雪が無いってんで 初乗り。
帰りに上ノ山自転車で新年のご挨拶。自転車話って楽しいねぇ。
今年初めての固形物を購入。なんと電卓。15年以上使ってた電卓の液晶がやばくなって、1なのか7なのか4なのか9なのか判らない桁があるので、泣く泣くの更新投資。金が惜しいのではなくて、愛着があったのよねぇ。
で、電気屋に行って30分以上悩んだ挙句、CASIOの電卓を購入。選択基準は、前もCASIOだったから。12桁でないと嫌だから。「0」のキーの位置。数字画面が傾斜してること。等々…。
でも、個性も尊重したくて、真っ赤な電卓を購入したのよ。(しかし、実際の購入価格は半額以下。どうなってるんだろうね、定価制度って)
今日のNHKは、正月やってたちゅらさん総集編の最終回。連ドラ観てなかったんで楽しめたね。沖縄は良いなぁ。やっぱり、NHKは歌番組以外をやってれば良いのにね。
一年の計を立てることも無く、正月休みが終わった。やばい。 |
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2007.01.02 |
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毎年恒例の、父方の兄の家への新年の賀詞。例年と違うのは、叔父が入院中であるということ。なので、挨拶に伺っても、アルコールは抜き。親父は少しつまらなそうだったけど、仕方あるまい。
以前酒田に単身赴任していた従兄夫妻と酒田の旨いものについて語り合う。楽しい一時。ひょんなことからワイン話になり、某山形市内の洋食とワインの店でハウスワインとして使っているワインを頂く。うれしかったっす。
その後、叔父の入院先へ。市内は初売りモードで人も結構出てた。さすが県都だねと、涙が出てきた。親父がパスタを食べたいというので、箸で食べられそうな店を物色。第一候補は長蛇の列。第二候補も待ち時間がありそうだったので、某ホテルの一階で食事。名誉のために店の名は伏せるが、ボリュームは凄かった。
明日は、細君がバイトなので、酒田へ向けて移動。
年賀状とご対面。今年もKG585君にしてやられたのであった。
今晩もNHK。青海チベット鉄道 〜世界の屋根2000キロをゆく〜を観る。NHKは歌番組以外は良いのやってるのよね。 |
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2007.01.01 |
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3:30 起床。川西町へ向けて単独行動。寒くも無く、路面もドライでスムーズに目的地へ。
観光協会主催の初日の出シューイング。天気が良くてよかったっす。
家に戻り、細君と母親とで「武士の一分」を鑑賞しに、山形へ。七日町の方の映画館。1日は映画の日だから結構混んでるかと思ったけど、ガラガラだった。寂しいねぇ。
山形に住んでた頃は軽い気持ちで映画観にいけたんだけど、酒田に来てから映画を観るのはこれが2度目。街に映画館があるってすばらしい文化なのだと痛感したねぇ。弱小地方都市に住んでる辛さは山形市民には判るまい。
で、映画の方は、キムタクが庄内弁喋ってるのがどうもシックリこないのよ。最後までキムタクがカッコ良く観えないのが、監督の狙いだったんだろうけど、とにかくキムタクっていう存在が邪魔してたねぇ。でも、藤沢周平好きの母親は号泣してたっす。
その後、従妹の家に遊びに行って、従妹の子供達にお年玉を上げて、帰宅。
夜は正月恒例のすき焼き。割り下の味付けがイマイチだったかね…。
正月のTVは最低。こういう時はNHK視聴の頻度が上がるね。堀部安兵衛を観る。フィクションなんだろうけど、波乱万丈の人生って羨ましいと思えたね。ことのほか、楽しかったっす。 |