ローカル線の旅 > 高松駅 [予讃線・高徳線・瀬戸大橋線]
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高松駅接近メロディ♪
駅前周辺

改札前

ホーム  |
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開業日
: 明治30年02月21日
訪問日 : 平成17年08月11日 |
■ 概要(ウィキペディアより抜粋)
4面9線の頭端式ホームを持つ地上駅で高松港に隣接する。頭端式であるため、駅周辺の道路や駅前広場からホームまで一切の段差がなく、バリアフリーに対応している。ただし、2006年に1階コンコース隅の喫煙コーナーが2階の隅に密閉式で移設した際、段差が発生した。ステップのない車両と段差無しで乗降できる、JR四国内唯一の駅である。ホーム上には待合所が設置されているが空調設備はなく、設置を求める声は多いが経営難のため応じない姿勢をとっている。列車接近放送では、「瀬戸の花嫁」のメロディが流れる。現在の駅は2001年に宇和島・徳島方に移転したものである。そのため0キロポストはなく、0.3kmから始まっている。このキロポストは5番線ホーム下にある。高松市は駅南に土地を確保しており(現在は公園)、この場所に高松琴平電気鉄道が高架(連続立体交差化)で乗り入れる計画がある。香川県が2005年に事業凍結(事実上の事業中止)を決定したため、一時は実現の可能性がほとんどなくなったが、連続立体交差を再検討する委員会が設立され、駅南へ乗り入れる可能性が少し高まった。ただ、この新駅は計画段階でJR高松駅に隣接するとはいえ、別々に作られることで一体化などのことは話し合われず一時問題にもなった[1]。当初は7階建てでデパートを入居させる計画もあったが、折しの不況もあいまって計画を変更し、現行の形になっている。
2006年度の1日平均の乗車人員は13,036人であった。また、2004年度の1日平均の乗降人員は26,614人であった。かつては宇高連絡船との接続駅として賑わい、連絡船が廃止された現在でも四国における鉄道の起点である。発着本数は360本程度あり、利用者数・発着本数共にJR四国の駅では最多である。
高松駅・高松港旅客ターミナルなどを含めた高松港頭地区など付近一帯は「サンポート高松」として再開発されており、高松港へ続く駅北側にはオフィスビル、高松サンポート合同庁舎
(2006年12月完成)、多数の高層マンションが所狭しと林立している。また、駅前広場に面して四国最大級のシティホテルである全日空ホテルクレメント高松、高さ151mの高松シンボルタワー、高松港旅客ターミナルビルなどの高層ビル群が立ち並んでいる。ちなみに、JR四国の本社もこの地区に存在する。高松の繁華街はことでん瓦町駅周辺だが、高松駅周辺が新たな商業・業務拠点となりつつある。
- 1897年02月21日 讃岐鉄道の駅として開業。当時は現在地より南西にあった。
- 1904年12月01日 山陽鉄道の駅となる。
- 1906年12月01日 国有化。
- 1910年06月12日 鉄道院が宇高航路を開設。
- 1910年07月01日 高松港近くへ移転。2代目駅舎使用開始。
- 1911年12月20日 高松駅隣に高松桟橋待合所を開設。
- 1924年08月10日 高松駅構内扱いで高松桟橋〜高松間が開業。
- 1925年08月01日 高徳線が開業。
- 1959年09月15日 駅を東方へ移転。高松桟橋駅を廃止し高松駅に統合。駅ビルとなった3代目駅舎使用開始。
- 1974年04月10日 高松貨物駅開業に伴い、高松駅の貨物扱いを分離。
- 1987年04月01日 国鉄分割民営化によりJR四国の駅となる。
- 1988年04月10日 高速船を除いて宇高連絡船廃止。
- 1990年04月01日 宇高航路高速船休止。翌年廃止。
- 2001年05月13日 駅を西方へ移転、4代目駅舎となる新駅ビル使用開始。
- 2005年03月25日 土佐くろしお鉄道宿毛駅での衝突事故を受けて増設した速度照査用ATS地上子の使用を開始。
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